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チベットの観光スポット
1. ポタラ宮
2. ジョカン(大昭寺、だいしょうじ)
3. パルコン(八角街、はっかくがい)
4. セラ寺(色拉寺)
5. デプン寺(哲蚌寺)
6. ガンデン寺(甘丹寺)
7. ヤムドウク湖
8. ナムツォ湖
チベットコース
ラサの4日ツアー
ラサへチベットの6日ツア日ー
ラサ-羊八井-林芝の6日ツアー
チベット地図
チベット写真集
ポタラ宮
ジョカン(大昭寺、だいしょうじ)
パルコン(八角街、はっかくがい)
セラ寺(色拉寺)
ナムツォ湖
チベットの概況
 平均海抜4000m以上のチベットは「世界の屋根」と称されている。特異な雪域風光、さんらんたる古代文化、神秘色に包まれたさまざまな民俗風情はチベットのユニークな観光資源である。チベット自治区の区都ラサは輝しい高原の真珠とたたえられている。
  ラサはヤルツァンポ江の支流・ラサ河谷地にあり、紀元7世紀初期の吐蕃国の都であった。すでに1300年の歴史がある。ラサとはチベット語で、「聖地」の意味である。日差しがとくに強いことから日光城とも呼ばれる。ラサはチベットの政治、経済、文化、交通と宗教活動の中心地である。ポタラ宮、ジョカン寺などは名が世界に知れわたっている。ラサを中心にチベット各地の名勝旧跡などが見学できる。

   チベットの気候
   年間を通じて気温が低めで乾燥している。季節は冬が長く、夏らしい季節がない。最も暖かい7月の平均気温は15度以下、最も寒い1月の平均気温は0度前後。高度が上がると−20度から−40度というところもある。偏西風の影響で、冬季は風が強い。暖かい季節には夜間の雨が多く、時に雹を伴う。
チベットの観光スポット
1. ポタラ宮
   ラサの町の西の端に位置するマルポ・リ(紅い丘)にある宮殿式建築群。チベット族の古建築の精華と言っていいだろう。「ポタラ」とは、「観音菩薩が住まう地」の意だという。観音菩薩とは、その化身とされるダライ・ラマを意味している。
  十三階建て、主楼の高さは117メートル。総面積は十三万平方メートル。
  白宮と紅宮に分かれる。ダライ・ラマは宗教と政治双方の最高権力者であったわけだが、政治部門は白宮で、宗教部門は紅宮で執り行っていた。白宮は建物の下層と両側に広がり、紅宮は、白宮に支えられるように、中央部分の八階以上の高層を占めている。
白宮は1645年、ダライ・ラマ五世によって着工。完成後にダライ・ラマはデプン寺から移り住み、それ以来ずっと、ポタラ宮はチベットの宗教と政治の中心であり続けた。紅宮の完成は1699年。摂政サンゲギャンツォの時代である。
  観光は白宮から始まる。白宮七階はダライ・ラマの住居で、現在インドに亡命中のダライ・ラマ十四世の居住していた部屋もある。紅宮には歴代のダライ・ラマのミイラを納めた霊廟が置かれている。なかでも目をひくのは五世の霊廟。霊塔の高さは十四メートル。3700キログラムの黄金と一万五千個の宝石が使われている。
  名高い「カーラチャクラ(時輪)立体曼荼羅」があるのは紅宮の三階。

2. ジョカン(大昭寺、だいしょうじ)
  聖地ラサのそのまた中心にある。チベット仏教で最も聖なる寺院である。チベット全土から、あるいはチベット以外の地、四川や青海、内蒙古からラサを目指す何千何万の巡礼は、ここジョカンに向かって集まってくる。
  寺院の前では、多くの巡礼が五体投地を繰り返している。
  辺りは、灯明に使われるヤクの乳で作るバターのが燃える動物質の匂いに包まれている。最も聖なる寺院であり、同時に、最もチベットらしい雰囲気が漂う場所でもある。
  創建は7世紀中葉、ソンツェン・ガンポ王はネパールよりティツゥン妃を、唐より文成公主を妻に迎えた。それぞれの妃がインド仏教と中国仏教をチベットにもたらしたが、ジョカンはティツゥン妃によって建立された。そのため寺の門はネパールの方向、すなわち西を向いている。
  本尊として祭られているのは、文成公主が嫁入りの道具として持参したといわれる釈迦牟尼像である。
こんな言い伝えもある。かつて、ジョカンのある場所は湖であった。お告げでは、その湖を埋め立てて寺を建てよ、と。そこで湖を埋め立てたがそのとき活躍したのが山羊であった。そのために、ここがラサ(チベット語で山羊の地)と呼ばれるようになった、と。
  入ると中庭がある。中庭にも灯明が燃やされ、ここで五体投地をする人もいる。中庭を抜けて本殿に入る。チベット仏教の場合、巡礼は常に右回り(時計回り)に廻らなければならない。
  本殿に入りすぐ左手にあるのが歓喜堂。ゲルク派の開祖ツォンカパと弟子の像を祀る。次いで、阿弥陀菩薩を祀る無量光堂、薬師如来を祀る薬師堂、さらに進むと、民衆に人気の高い十一面観音像を祀る観音堂。その先が弥勒堂。ネパール妃・ティツゥンがネパールより招来したと言われる弥勒像が祀られる。妃ついで本尊である釈迦牟尼像を置く釈迦堂となる。
  二階にはソンツェン堂があり、ソンツェン・ガンポと一族の塑像が置かれている。
  チベットの建築では、ポタラ宮の歴代ダライラマの霊廟にもみられるように、重要な堂には金瓦の屋根をつける。ジョカンでも観音堂、弥勒堂、釈迦堂、ソンツェン堂の四つの堂には金瓦の屋根が付けられており、それらがちょうど本殿の東西南北の四辺に置かれている。屋上に上るとその四つの金瓦の屋根に囲まれ絢爛にして荘厳な気分になる。
  また、金瓦の屋根の間に見るポタラ宮の偉容も素晴らしい。

3. パルコン(八角街、はっかくがい)
  ジョカン(大昭寺)の本殿のなかがひとつの巡礼路になっている。巡礼たちは、本殿のなかを右回りに右回りに巡礼を繰り返す。パルコンは、これに対して、ジョカンの外を一回りする巡礼路である(もうひとつ大きな、市街を一周する巡礼の路もありリンゴルと 呼ばれる)。
  人々は手にマニ車をまわしながら、口に「オムマニベメフム、オムマニベメフム」と唱えながらパルコンを巡礼する。なかには、五体投地で廻っている人もいる。
   同時に、パルコンは門前町として仏像、仏画、お香、灯明用のバター、民族服、ナイフなどを所狭しと並べた露天の店が順路に沿って連なっている。

4. セラ寺(色拉寺)
  ラサの北五キロの山麓にある。このセラ寺、デプン寺、ガンデン寺をゲルク派三大寺院と呼ぶ。その中で、最もラサ市内に近いのがセラ寺である。
  創建は1419年。ツォンカパの高弟であるシャキャイェーシェー(1352〜1435)による。ツォンカパからの信任が厚く、ツォンカパが明の永楽帝に招かれたとき、名代に派遣されたのがシャキャイェーシェーであった。その後、1434年にシャキャイェーシェーは明朝から大慈法王に封ぜられている。
  デブン寺とならぶゲルク派の学問寺であり、多くの高僧を輩出してきた。四つあった学堂のうちガクパ堂、チェーパ学堂、メーパ学堂の三つが残っている。チェーパ学堂、メーパ学堂では仏教基礎、顕教が講じられガクパ学堂ではその上のコースとしての密教が講じられている。
  シャキャイェーシェーが北京から持ち帰った朱砂で書いたチベット語のカンギュル経、紫檀で彫った十六羅漢像、ツォンカパの施主であったミワン一族によって寄進された釈迦牟尼仏などを蔵す。
  日本人であることを隠し鎖国時代のチベットに仏法を求めて潜入した河口慧海や多田等観もこの寺に滞在をしてチベット仏教を学んだ。その意味では日本にも縁の深い寺である。
  寺の裏山が鳥葬場になっている。面白半分の見学記もたまに見かけるが、最近はこの手の外国人の見物者に対する警戒心も強くなっている。いずれにしてもチベット人にとっては神聖な儀式の場であることをくれぐれも忘れることのないようにしたい。

5. デプン寺(哲蚌寺)
  ラサ市の市街から西北に5キロ、山の斜面にある。セラ寺、デプン寺、ガンデン寺のゲルク派三大寺院のなかでも最大の規模を誇っていた。多いときには七千名を超える僧侶が修行をしていたという。
  創建は明の永楽14年(1416)。ゲルク派の創始者・ツォンカパの高弟ジャヤン・チェジュによって建てられた。
  1518年、ダライ・ラマ二世の時代、ゲルク派の有力な施主であったミワンタシタクパによってガンデン・ポタラ(ガンデン宮殿)が献じられた以降は、そこが歴代ダライ・ラマの居城となった。これは、十七世紀、ダライ・ラマの宗教・政治両面における絶対的権威が確立しダライ・ラマ五世がポタラ宮へ居を移すまで続く。
  セラ寺とならぶ学問寺として、十七世紀には七つの学堂を擁していた。現在残っているのはそのうちの四つ。最も規模の大きなのはロセリン学堂、ついでゴマン学堂。デヤン学堂は顕教の学ぶためのもの。そして、ガクバ学堂は顕教を学んだ僧が密教を学ぶためのもの。
  十七世紀以来、デプン寺はモンゴルより多くの留学僧を受け入れてきたが、そのほとんどはゴマン学堂で学んだという。そのため、モンゴルのチベット寺院の多くはゴマン学堂の末寺に当たる。日中戦争の時期、蒙古人になりすまし単身ラサに潜入、帰国後『秘境西域八年の潜行』を著した西川一三が学んだのもゴマン学堂である。

6. ガンデン寺(甘丹寺)
  ラサの東40キロ。キチュ河の南岸に当たる。セラ寺、デプン寺、ガンデン寺のゲルク派三大寺院のなかでも、唯一ツォンカパ自身によって建てられた寺である。ゲルク派最初の寺でもある。創建は明の永楽7年(1409)。
  ツォンカパ(1357- 1419)はチベット仏教ゲルク派の創始者。中国青海省ツォンカの出身。宗教改革者といってよいだろう。当時の堕落していた紅帽派を批判し、それと区別をするために黄色い帽子をかぶった。そのためゲルク派を黄帽派ともいう。十一世紀のインドの学僧アティシャが唱えた、覚りに至る道筋を帰依、発菩提心、菩薩戒、般若行、密教の順にとらえすべての修行法やすべての哲学を一つの修行階梯のうちに統合する思想を元に、様々に分裂をしていた当時の宗派の教えを統合する哲学大系を打ち立てた。チベット仏教史上、最高の理論家であり、チベット仏教が形成される過程で最も深い思想的影響を残したチベット人である。
  1419年、ガンデン寺が完成して二年の後、ツォンカパはこの地で没する。彼の遺骨を納めた銀の霊塔が建てられた。
  ガンデン寺の僧院長、ガンデン・ティパは転生で選ばれる。おそらく、これには、論理学を重視し、論争に勝利したものが出世するという権威システムを造り、それによってチベット全土で他派を圧倒していったツォンカパの姿勢が影響を与えているのではないかと想像される。

7. ヤムドウク湖
  ヤムドウク湖とは白鳥湖の意味で、チベット三大聖湖の一つです。海抜 4441m 、東西 130 キロ、南北 70 キロ、総面積 638 平方キロ、水深は 20m 〜 40m です。湖は珊瑚の枝の形してるから珊瑚湖とも呼ばれている。低塩分の塩湖なので、現在は魚の養殖業も観光業と同時に発展され、もうラサの最大な魚倉庫になってるそうです。
  ヤムドウク湖行く途中、ガンバラ峠( 5030m )を通ります、またヤムドウク湖からギャンツエ移動する途中、巨大なカローラ氷河と沢山の海抜 6000m を超えた高い山も見えます。

8. ナムツォ湖
  ナムツォとは天湖の意味で、チベット三大聖湖の一つです。海抜 4718m 、東西 70 キロ、南北 30 キロ、総面積 1920 平方キロ、一番深いところは 33m も超えたそうです。念青タングラ山脈の雪解け水を主な水源として受けたナムツォ湖は年中紺碧な水色を呈し、言葉に表現できない宗教的威厳と神聖を伝えています。